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2006年06月03日

本嫌いにさせる日本の国語、文学教育

私は中学三年になるまで読書や本が大嫌いな少年だった。 それがなぜ活字中毒と言われるほど本を読むようになったかというと、当時の古文の教師がいいことを教えてくれたからだ。 

彼は、「本嫌いの人が持っている間違った認識を正す」として次のことを教えてくれた。

1. 読み始めた本でもつまらないと思ったら読み終える必要は無い。 本がつまらないのは作者のせい。

2. 飛ばし読み、斜め読み、結末から読み、大いに結構。 「こう読まないといけない」というルールは無い。

3. 本は活字が印刷されているタダの紙。 丁寧に扱う必要はない。 気に入ったページを破っても、折っても踏み台につかっても構わない。

4. 本を読んで感動するのは自分の人生や考え方と本が触れ合うから。 だから読み手によって感動する本も感動する箇所も違って当然。 人が読んで良かったからと言って自分に合うとは限らない。

5. 本を読んでそこから何かを得ることを期待してはいけない。 読書とは自分の頭で考えられない人が人の頭を使って思考するだけのこと。(Schopenhauer)

中学三年生の読書嫌い少年はこの話を聞いて目が覚めた。 本に対する姿勢が随分楽になりだんだん気軽に本を手に取るようになった。 教えに従い、つまらないと思ったらすぐやめたり、他の本を読んだりで、最初のうちは最後まで到達する本のほうが少なかったがだんたん自分の読み方が出来てきた。 本を読んでいるから色んなことを知っているかと思われるが、とんでもない。 ほとんどの本の内容は読み終えると同時に(読んでいる最中にも)忘れてしまい、読後はほとんど何も残らない。 

古文の先生は更に、「なんで多くの人が私のような読書嫌いになってしまうかというと、日本の教育に問題がある」と教えてくれた。 すなわち、

「この作品を通じて作者が伝えたかったことは?」
「この時、こう行動した主人公の気持ちは?」
「この本を読んで感じたことをまとめなさい」

こういう問題を繰り返し与えられてきた子供たちは、これらの問いには正しい一つの答えがあると誤解してしまう。 それが分からない自分はダメなんだと考えてしまう。 

先生曰く、本を読んでどう感じるかなんて人それぞれだし、何も感じない人も沢山いる。 登場人物の胸の内なんて書いてないことは作者に聞いたってわかりっこないし、作者にはっきりとした伝えたいことがあって、それが伝わらないならそれは作者の落ち度。 行間を読むというが、行間に書いてあることは読む人の経験によって異なる。

アメリカの学校では、読書にかなり力を入れて家庭でも毎日本を読むことを勧めますが、「この本を読め」と押し付けられることは滅多にありません。 お子さんが本を読み始めて途中で投げ出したら、お子さんを責めるのではなく、最後まで読みたくなるような本を一緒にさがしてあげましょう。

投稿者 Owner : 2006年06月03日 04:22

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